―歯科人類学のススメ―

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犬歯の誕生

 人類の特徴として「直立二足歩行」と「犬歯の縮小」が挙げられている。一時代前には脳容量が大きいことが人類の特徴と考えられていたが、ネアンデルタール人の脳容量が現代人よりも勝っていることが分かったため、脳容量の大小で人類が進化してきた目安になるとは考えられなくなった。「直立二足歩行」については,テレビなどでサルの仲間や類人猿のボノボなどが食べ物を手で運んでいる時に直立歩行をしている姿を目にすることがあるが,彼らを人類の直接の祖先と位置づけていうことはない。彼らの「直立二足歩行」は一時的に行われるもので,常時2本の足で真直ぐに立って行動しているわけではないからである。すなわち人類の特徴である「直立二足歩行」は常時2本の足で直立して歩き回ることをいう。

 もう一つの「犬歯の縮小」について考えてみよう。ヒト以外の他の霊長類ではオスの犬歯は歯列の咬合面から外へ強く突出している。しかし私たちの犬歯(糸切り歯)は他の歯の噛む面とほぼ同じ高さになっている。これが「犬歯の縮小化」という特徴である。従来,ヒトの犬歯は近縁種であるゴリラやチンパンジーよりも犬歯はかなり小さいことから、かつて大型の犬歯をもっていた類人猿様の祖先から進化するにつれ犬歯はしだいに退化・縮小してきたに違いないと考える所以である。

 これまで犬歯の研究はこの歯の機能面ばかり強調されてきた。形態の研究は犬歯の形が単純な円錐形に近く,爬虫類の歯に似ていることから形にあまり変異性がないとの予断によるためと思われる。先ず脊椎動物の歴史から犬歯について考えてみよう。

 犬歯の誕生の歴史

 爬虫類以下の動物では口腔内に生えている歯の形は同形歯性・単咬頭性・多生歯性で,歯列に歯隙が存在している。爬虫類のワニの歯や歯列が良い例である。われわれは哺乳類の仲間であるが,その仲間の祖先を遡ると哺乳類型爬虫類にいきつく。哺乳類型爬虫類は今から2億4000万年前頃に出現した動物の一群で,古生代石炭紀後期に出現した初期の哺乳類型爬虫類を単弓類と呼んでいる。単弓類は頭の骨に目の穴以外にもうひとつの穴を持つグループを意味している。単弓類は初期の盤竜類とより進化した獣弓類の二つのグループに分けられている。盤竜類の歯は生える場所によってすでに歯の形態が異なる異形歯性が現れ始めている。彼らの犬歯はそれほど大きくなく,他の歯は単咬頭性の同形歯である。その子孫である獣弓類では初期の段階から犬歯の発達に異形歯性が認められ,犬歯は上下顎に1本ずつみられる。この獣弓類から分化したのがキノドン類(犬歯類)と呼ばれる動物で、当時もっとも危険な肉食動物であったといわれている。分厚い顎には物を噛み切る切歯と獲物を突き刺す大きな犬歯、物を砕ききるノコギリのようなギザギザのついた頬歯と明瞭な3種類の歯をもっていた。そこから分化してきたのが哺乳類の祖先であるといわれている。要するに同形歯性の歯列のなかで犬歯の分化が最も早く現れてきた。

 「哺乳類型爬虫類」のおもなグループ

盤竜類→獣弓類→キノドン類→哺乳類へ
盤竜類のディメトロドンの頭蓋
盤竜類のディメトロドンの頭蓋

 哺乳類になって歯の形はそれぞれの生える場所によって永久歯では切歯,犬歯,小臼歯,大臼歯の4種類に,乳歯では乳切歯,乳犬歯,乳臼歯の3種類に形が分かれ,それぞれ生えている場所によって違った働きをするようになる。切歯は食物を断ち切り,犬歯は切り裂き,小臼歯は噛み砕き,大臼歯はすりつぶすようになってきた。生える回数も多数回から1回ないし2回に減少し,上顎の歯のある特定な部分が下顎の歯の決まった部分に噛み込むようになる。この状態になってはじめて上下顎の歯がある一定の場所に噛みあって機能するという咀嚼という言葉がこの時代の動物から使われてきた。下図は食虫類の歯列の模式図であるが,食虫類は最も原始的な哺乳類の形態をあらわしている。

哺乳類(食虫類)の歯列
哺乳類(食虫類)の歯列(瀬戸口烈司より)