―歯科人類学のススメ―

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犬歯にみられる性差

現代人の犬歯にみられる性差

 歯の形や大きさは一目見ただけでは男性も女性もその違いはない。しかし、統計的に性差を調査してみると、男性と女性の違いはとくに大きさにあらわれてくる。歯の大きさは男性で大きく、女性で小さい。しかし、どの人類集団でも男性と女性の違いは同じ割合というわけではない。例えば、性差百分率(M/F−1:%)を計算してみると、日本人やオーストラリア先住民では男性の方が女性よりも4%ほど、また白人では7%ほど大きくなっている。一方、歯の形態では男性も女性も基本的に同じ形をしてほとんど性差がない。しかし歯を詳細に観察してみると隆線や咬頭は女性の方が若干丸みを帯びた形態をしている。

男性     女性
男性            女性
(形態からでは男性か女性かはわからない)

 ヒトでは犬歯以外の他の歯でも性差百分率は2〜5%の違いがあり,いずれも男性の歯が女性よりも大きくなっている。犬歯の形成にかかる成長期間が女性よりも男性の方が長いため、男性の犬歯が女性よりも大きいという研究者もいるが本当の所はまだ分かっていない。 

 霊長類のサルの社会では社会構造の違いによって犬歯や小臼歯の大きさにオスとメスの違いがみられる。そのため,犬歯の大きさや形を一目みただけでオスかメスかすぐに見分けることが出来る。上顎犬歯の大きさについてヒト上科(類人猿を含めた仲間)で性差百分率を比較してみると、類人猿ではゴリラが46%、オラン・ウータンは36%、チンパンジーは25%と強い性的二型をあらわし,オスの犬歯がメスを大きさで上回っている。性差がはっきりしていないといわれるテナガザルの犬歯では性差は4%ほどで、ヒトと同じレベルである。ただしオスの犬歯が小さくなるのではなく,メスの犬歯が大きくなり,オスにかなり近づいている。

ヤク・ニホンザルのオス     ヤク・ニホンザルのメス
ヤク・ニホンザルのオスとメス

テナガザルの下顎犬歯 オス     テナガザルの下顎犬歯 メス
テナガザルの下顎犬歯

 サル、とくに旧世界ザルの仲間では歯は全部で32本あり、ヒトと同じ歯種・歯数をもっている。とくに上下顎犬歯と下顎第3小臼歯(人の第1小臼歯に相当)では違いが強くあらわれてくる(これをC-P3 complexという)。歯列の中で上顎犬歯と下顎第3小臼歯の機能をみると、臼磨運動による咀嚼よりも砥石のように歯を鋭く磨ぐ機能が発達し、上顎犬歯の遠心縁はサーベルの刃のように鋭利になってくる。その結果、オスの発達した巨大な犬歯は敵を深く傷つけ,切り裂くための武器として働き、同時に相手を威嚇し,攻撃的な誇示表現としても使われている。上顎犬歯は下顎の犬歯や第3小臼歯と緊密な関係を保つと同時に,大きさも上顎犬歯に呼応して大型に変化している。

ニホンザルのオスを前から観た像
ニホンザルのオスを前から観た像

社会構造の違いによる性的二型

 サルに現われるいろいろな犬歯形態は彼らの社会構造の変化と深く関わっている。ゴリラのように一夫多妻制をつくる場合、オスの犬歯が強大になり自らを誇示するようにメスを圧倒している。また,オスが複数いるチンパンジーやニホンザルのような多夫多妻制でも強い性的二型を示してくる。ブタオザルでも社会構造は多夫多妻制であることから、上下顎犬歯と下顎第3小臼歯(C-P3 complex)の性差が強く現われている。チンパンジーの集団では、集団内のオスの順位がメスの獲得に関係するだけに、オス同士の争いはいっそう激しくなる。チンパンジーはゴリラのように体格にオスとメスの差が際立つことはないが、犬歯は性差がかなり大きい。一方,ティティ・モンキー、テナガザルやヒトのように一夫一妻制の社会ではオスとメスの犬歯の大きさにあまり変わりなく,性的二型もほとんど差がみられない。オス同士の争いは一時的なものになり、オスの立派な犬歯は意味を持たなくなった可能性がある。