―歯科人類学のススメ―

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犬歯の縮小ー形の変化

今回は犬歯の形(shape)についての話です。少し専門的になりますがお付き合いください。

 広辞苑によれば、退化は進歩していたものが、その進歩以前の状態に立ちかえること、と記載しています。すなわち生物体のある器官・組織が進化並びに個体発生の途上で次第に衰退・縮小することをいいます。また、藤田(1976)によれば、歯の退化(Reduction)の現象は1.歯数の異常、2.形態の異常、3.位置に異常、4.萌出時期の異常として現れ、その中で、形態の異常には大きさの異常と異常結節が含まれています。しかし、歯冠の外形は異常には含まれていません。
 退化現象が歯の形態に波及してくると、歯の大きさ(size)は縮小し、形(shape)は正常な形から単純な丸みを帯びた形、すなわち複雑から単純な形に変化してきます。例えば上顎側切歯を例にとると、正常な形から円錐歯・円筒歯・栓状歯など丸みを帯びた退化形態に変化し、さらに退化が進むと欠如してきます。上顎第三大臼歯(親知らず)では形態が丸みを帯びて小さくなり、さらに矮小化が進み、欠如に至ります。
 犬歯が退化すると矮小化した単純な形(矮小円錐歯)へ変化してきますが、欠如に至ることは滅多にありません。藤田は上顎犬歯8,073側のうち0.38%に欠如がみられたと記載しています。親知らずが退化傾向を示すと他の歯にもその影響がおよび、とくに上顎側切歯に退化形態が現れてきます。また、犬歯が退化した場合にも形態は矮小円錐形をとり、犬歯以外の他の歯にも退化現象が見られます。症例を挙げれば、左右の犬歯が矮小円錐歯の個体は智歯が4歯とも欠如し、右側の犬歯が欠如している個体では左側の犬歯も退化形の矮小円錐歯をするという報告があります(森ほか、1971)。しかしこのように欠如することはかなり稀です。歯種によって退化する形状は様々ですが、共通してみられる現象は矮小して形は丸みを帯びてくることです。

 よく言われているように人類が進化の過程で犬歯が退化したのであれば、サイズが退化して縮小し、形も単純で原始的な単錐歯haplodontになる筈です。しかし、犬歯の形は単純化ではなく逆に複雑化し、現在では菱形(ダイヤモンド形)ないし五角形になると述べてきました。要するに、犬歯の退化は、サイズには生じるが外形はむしろ複雑化しているということです。
 霊長類(サル)のオスの牙はそれぞれ所属する種によって多種多様な形をしています。ヒトでは五角形もしくは菱形(ダイヤモンド形)をしています。多少サイズが小さくなっても形まで変化することはまずありません。形の退化現象は稀で種レベルではあまり変異性がないことから、これまで犬歯の形はあまり注目されてこなかったと考えられます。
 下図は本来の犬歯の形を示したものです。左からオスの新世界ザルのホエザル(鈎状)、オマキザル(短剣状)、リスザル(半紡錘形)、旧世界ザルのマントヒヒ(牙状)、類人猿のテナガザルの乳犬歯(三角形)と犬歯(サーベル形)、それとチンパンジー(底辺が広い二等辺三角形)、現代人の上顎犬歯を舌側からみた写真です。サルの牙(犬歯)といってもこれだけ多くの変化があります。


退化と犬歯の形
 歯の大きさ(size)は栄養状態により変化が生じる可塑性をもっていましたが、歯の形(shape)が変化することは稀です。縄文時代人の歯も現代人の歯も形自体は変わりありません。しかし、大きさに関しては縄文時代から現在まで大きくなったり小さくなったりして変動しています。犬歯の形はHomo sapiensという種の特殊性を保持していると考えられます。人類(Homo sapiens)進化の段階では犬歯外形はほぼ一様で、草食獣と肉食獣の歯が違うという変化はありません。
 化石人類の犬歯外形は猿人のアウストラロピテクス属の中では大差ありませんが、族が違う類人猿のチンパンジー(チンパンジー族)の犬歯とはずいぶん違っています。チンパンジーと同じ大型類人猿のゴリラも底辺が広いがっしりとした二等辺三角形をしています。

 歯の形を調査するにあたって考えられることは、歯の形を知る最もポピュラーな方法として咬合面から見た歯冠外形(outline of crown)を数量的に計測し、その割合(指数)を算出する方法です。歯科人類学で最もよく使われている方法はCrown indexで、これはLL/MD×100で算出します(LL:歯冠唇舌径;MD:歯冠近遠心径、LLの代わりにBL(頬舌径)を使う場合もあります)。この値が100ならば円形、100以上であれば近遠心方向に短い楕円形、100以下ならば近遠心方向に長い楕円形を示しています。



しかし、Crown indexの値だけでは歯の詳細な形を表現することは不可能です。さらに正確に形を表現するには、歯の表面の状態を立体的に表すトポグラフィーを用いて三次元的に形を定量的に分析・表現する方法があります。しかしこの方法は標本を大量に扱う場合はデータが膨大な量になるため処理時間がかかり、現実的とは言えません。
 一方、観察だけから歯の形態を詳細に表現することは比較的容易ですが、この方法は研究者の主観が入りやすく客観性に欠けるという欠点があります。観察による欠点を補うため、具体例を挙げながらできるだけ客観性が増すように歯の形を調査することが大切で、今回はこの方法を用いて分析を試みました。
 例えば、オスの上顎犬歯は、牙状(Fang-shaped)、鉤状の形(Hook-shaped)、菱形(Diamonde-shaped)、刀状(Blade-shaped)、短剣状(Dagger-shaped)、チゼル状(Chisel-shaped) 、サーベル状(Sabre-shaped)、底辺が広くがっしりした三角形(triangle with a wide, robust base)などです。



次回はこの方法を用いて新世界ザルの犬歯を調査した結果を報告します。

参考文献
藤田恒太郎(1976)「歯の解剖学」第22版,金原出版,東京。
森 秀樹ほか(1971)永久犬歯、乳犬歯の矮小形をとった、4例について.