―歯科人類学のススメ―

TEL:(052) 794-1172

歯の大きさからみた出アフリカ後の人類が辿った道程

 このHPで今まで歯の話をいろいろしてきましたが、今回からは歯医者とあまり関係ない話です。ここで紹介するのは歯に関する人類学の話です。この回は歯の大きさについて書いてみました。少し専門的になりますが、私たちの祖先について歯の分野からどこまで追求できるか試みてみました。
 もちろん歯の病を発見し、治しながら機能を改善していくのが歯科医の職務でありますが、私たちの扱う歯からも人類が辿ってきた進化の道程を探ることが出来ます。

 歯の形態はもともと遺伝による影響が強く反映し、環境にはあまり影響されることは少ないという特徴をもっています。そこで世界に分布する現在のヒト集団の歯の大きさについて平均値からその集団の総合平均値(歯冠近遠心径の平均値の上下顎中切歯から第2大臼歯までの総和:TATS値)を算出し,各集団を比較してみました。

 下図は歯の大きさを3つに分けて世界地図にプロットしたものです。

 これら3つに区分された集団には特徴があることが分かります。TATS値が113mm未満(白色)小型のグループはアフリカの一部(コイサン族)やモロッコ人、中近東の人々、西アジアや中央アジアの人たち、東アジア、南東アジアや北東アジアの人たちです。また、アメリカ在住のヨーロッパ系アメリカ人もこのグループに含まれます。そのほとんどはヨーロッパ系白人であり,一部はアジア系の人々がこれに含まれています。

  TATS値が113mm以上〜118mm未満(灰色)の中型のグループには一部のアフリカの人々と北東アジアに分布する人たちで、このグループにはアイヌ以外の日本人,カナダやグリーンランドのイヌイット,中国人(一部),韓国人,タイ人,ジャワ人の一部などが含まれます。さらに太平洋の一部の島嶼部で生活するオセアニア地域の一部の人たち、メキシコ人が含まれています。彼らのほとんどはアジア系の集団ですが,一部は北欧のスウェーデン人やフィンランド人も含まれています。

 118mm以上(黒色)の大型の歯をもつグループはアフリカの人々、オーストラリア先住民およびパプア・ニューギニアの高地人やブーゲンビル島民です。また南太平洋のポリネシアやメラネシアの島嶼部の人々(フィージー人,パラウ人、トンガ人など)の歯も大型です。北方のベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸に進出したグループのアメリカ・インディアンや南アメリカ大陸(パラグアイなど)の人々の歯も大型です。これらのグループにはアフリカ系やアジア系の人たちが含まれていますが,不思議なことにヨーロッパ系の人々は含まれていません。
 興味あることに、アフリカ大陸に暮らしている人たちは歯が小さい人、中ぐらいの人、大きい人が入り混じって生活しています。この様に歯の大きさからみると世界の人々の歯の大きさは同じではないことが判ります。現代の世界に広がっている人たちの歯の大きさのばらつきはいつごろから見られてきたのでしょうか。

 人類は猿人、原人、旧人、新人へと進化してきたと言われています。およそ700万年前に人類はアフリカで起源しています。歯の大きさをTATS値で見ると、猿人は約145o、原人は約140o、旧人は約130oを示し、新人の時代になると極端に歯は小さくなり、ほとんどが120o以下になっています。明らかに人類の進化とともに歯の大きさも縮小しています。
 
 ここで注目する点は、初期の現代人が約20万年前にアフリカ大陸を出て世界へ分布を広げたと言われていることです。どのような大きさの歯の持ち主がアフリカを出て世界に広がっていったのでしょうか。彼らがアフリカを出たルートには北ルートと南ルートの2つが考えられています。 【北ルート】シナイ半島経由でヨーロッパ方面に向かったルート 【南ルート】アフリカの角と言われるソマリ半島からバブ・エル・マンデブ海峡を渡ってアラビア半島に到達したルートです。

 現在でもアフリカには歯の小型を示す集団(コイサン族)が南アフリカとナミビアを中心に暮らしています。この集団は古い時代の形態を現在でも依然として維持している集団だと言われています。歯の大きさからみると、彼らの仲間がアフリカ大陸を出て、混血を繰り返しながら世界へ分布を広げ拡散していったのではないかと考えています。
  何故ならば、アフリカ大陸を取り囲む周辺の国の住民は今でも小型の歯の持ち主であり、さらに北方へはヨーロッパへ拡散したグループや東方へ分布を広げた集団も小型の歯の持ち主だからです。

 古人骨の骨や歯から抽出した細胞のミトコンドリアDNAの系統解析の結果をみると、人類の共通祖先がもっていたハプログループ(L)からL系のハプログループ(L3)分岐し、さらに2つのハプログループ(MとN)が生まれたと記載しています。Mから生まれたハプログループはアジア人に、Nから生まれたハプログループはアジア人とヨーロッパ人に伝わっていったといいます(篠田、2022)。
 
 イスラエルのミシュリヤ洞窟で17万7000〜19万4000年前の最も古い現生人類の化石が発見されています(Hershkovitz、2018)。写真をみると上顎歯列の大臼歯は退化・縮小が著しく、第三大臼歯は遠心の舌側咬頭と頬側咬頭が欠如して二咬頭歯をしています。歯の大きさは上顎だけしか発見されていませんがネアンデルタール人よりも大きな歯であったようです。

 

 このグループが出アフリカの一員だったと仮定すると、出アフリカのメンバーは中近東あたりで大型から小型の歯を獲得したのち、小型の歯のまま世界へ拡散したと考えられます。
 何故ならば、アフリカ大陸を取り巻く周辺の住民の歯の大きさは小型を示しているからで、北ルートのイスラエルの中石器時代の遺跡(12,500BC〜9,500BC)からも113.17oや109.95oの歯が出土し、トルコの現代クルド人は109.04oの歯をしています。この地方の人の歯は大半が小さな歯をしています。南ルートのアラビア半島に住むベドウィンの人の歯は112.45o、イエメン人は106.22o、107.27oと小型を示し、大型の歯の人は見られていません。
 その後、人類は北米や南米および太平洋上の島嶼部のオセアニア地域に進出し、その土地の気候・風土や土地の環境に適応し、中型や大型の歯を形成したと考えられます。