―歯科人類学のススメ―

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歯の萌出時期

 萌出順序

 乳歯の萌出は生後約6ヶ月で始まり,まず下顎乳中切歯が口腔内に萌出してくる。稀に出生時に生えてくる場合がある。このような歯を解剖学では先天歯と呼んでいる。産婦人科の医師はこの歯を魔歯と呼んでいるらしい。その後は前方から後方へと順番に歯が生え,2歳半頃までに上下顎20本すべての歯が口腔内に生え揃うのが一般的である。下顎の歯の方が上顎の歯よりも生えてくる時期が早い傾向にあるが,なぜそうなのかは今のところ不明である。上下顎に20本の歯が生え揃ってから4年間ほどはこの時期が続き,6歳頃になると永久歯の第1大臼歯が第2乳臼歯の後方に生えてくる。この場合も下顎の方が早く生えてくる。同じ時期かやや遅れて下顎中切歯が生えてくる。しかし、昨今では下顎中切歯のほうが早く生え、その後に下顎第1大臼歯が萌出する子どもが増えてきている。この傾向は1980年半ばから起きているようだ。3ヶ月から6ヶ月過ぎて上顎の同名歯が生え,その次には上下顎とも側切歯が後方へ順番に萌出してくる。問題なのは犬歯と第1小臼歯の生える順序で,下顎では前の歯から奥の歯へ順に犬歯,第1・第2小臼歯,第2大臼歯と口腔内に生えてくるが,上顎では第1小臼歯が先に生え,次いで第2小臼歯が萌出し,犬歯は第2小臼歯と同じかやや遅れて生え,その後に第2大臼歯が生えてくるのが一般的である。

 萌出順が変化している

 先に述べたように下顎の第1大臼歯と中切歯の萌出順は近年その順番が逆転している。従来は第1大臼歯が永久歯の中で最も早く生える歯といわれていたが,最近では中切歯の方が第1大臼歯よりも萌出が早い場合が増えている。中切歯の生えてくる時期が早くなっているのか,第1大臼歯の萌出時期が遅くなっているのかについて,1988年の小児歯科学会の全国調査報告を岡本(1934)の萌出時期と較べてみると中切歯が早く生え、第1大臼歯が遅く生えてくることが分かってきた。おそらく1980年頃を境に萌出時期の逆転現象が起きてきたと思われる。それ以前の子どもでは第1大臼歯の方が早く生えていた。ニューギニアでは第1大臼歯の萌出は5歳前半に生え,中切歯は6歳前後に生えている。一方,アメリカやイギリスでは第1大臼歯と中切歯はほぼ同じ時期に萌出している。

下顎のl1とM1の萌出時期

 第3大臼歯の萌出時期

 第3大臼歯は上下顎とも口腔内に最も遅く萌出してくる。第3大臼歯が最も萌出が遅いことは他のアメリカ人でもヨーロッパ人でもアフリカの人々も同じである。第3大臼歯の形成開始時期は他の歯よりもかなり遅く8歳頃に形成が始まり,14歳頃に完成してくる。口腔内には20歳前後に萌出してくる。したがって形成開始から萌出まで10年以上という長い期間がかかっている。面白いことに中切歯から第2大臼歯までの萌出時期は女性の方が男性よりも早いのが一般的であるが,第3大臼歯だけは男性の方が女性よりも早く生えてくる。

 萌出時期のいろいろ

 歯の萌出時期を世界の人々で調べてみると,どの集団でも歯の萌出時期は同じという訳ではない。第1大臼歯はわが国では6歳臼歯と呼ばれているが,4歳頃に生えてくるためこの歯を4歳臼歯と呼ぶ地域もある。例えば,太平洋に位置するポリネシアの地域がそうである。 一方,犬歯が八重歯として上顎にあらわれやすいのは上顎犬歯の萌出順が第1小臼歯よりも遅れることによる。犬歯が生えてくる時期になるとすでに萌出している第1小臼歯が犬歯の萌出する場所を占拠するため,後から生える犬歯は十分に萌出場所を確保することができない。そのため八重歯が起きると考えられる。とくに八重歯の場合は歯列の唇側に生えてくるのが一般的で,歯科矯正学では“犬歯低位唇側転位”と呼ばれている。

 第3大臼歯の萌出時期は集団によってかなり差があり,たとえばアフリカ人,ニューギニア高地人やポリネシア人などは日本人やヨーロッパ人よりも2年から4年ほど早く萌出してくる。ポリネシアのクック諸島で現地の高校生を対象に歯型の印象を採った時に,彼らの第3大臼歯の萌出状況を調べてみるとほぼ全員の口の中にすでに第3大臼歯が生えているのをみて驚いたことがある。日本では高校生の口の中に「親知らず」は20%ぐらいしか生えていない。我われ日本人よりも体の成長が早い証拠である。

 最近の萌出時期の動向

 日本人の過去80年間における20歳男性の第3大臼歯の萌出歯数を比較してみると,1900年から1950年頃まで萌出歯数は0.8本から1.8本へ急速な増加がみられる。この期間の増加現象は身長の増加とほぼ平行した現象と思われるが,1950年代以降でも身長は依然として増加しているにもかかわらず,第3大臼歯の増加は弱まり,身長よりもゆっくりとした増加となっている。萌出歯数の増加は身体の大型化によると考えていたが,それだけでは説明することはできない現象である。1984年に全国的規模で行なわれた乳歯と永久歯(第3大臼歯を除く)の萌出時期の調査を,1930年に行なわれた岡本清纓の結果と比べてみると乳歯では萌出時期に明らかな変化がないが,永久歯では萌出が早くなる傾向がある。20歳時の第3大臼歯の萌出歯数をみると第2次世界大戦前よりも現在の方が萌出歯数は多く,第3大臼歯でも他の歯と同じように萌出時期が早くなっている。