―歯科人類学のススメ―

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ドリオピテクス型臼歯

 歯の解剖学を講義するときにとても重要な項目の一つにドリオピテクス型臼歯があります。このドリオピテクス型臼歯について説明したいと思います。まず言葉の説明をいたします。 ドリオ(Dryo)は樫の木が茂っている森を意味します。ピテクスはサル、ここでは類人猿を指しています。一般のサル(例えばニホンザル)と違って類人猿はヒトにより近い霊長類でチンパンジー、ゴリラ、オランウータン、テナガザル、ボノボの5種類が現在います。その中でチンパンジー、ゴリラ、ボノボはアフリカ大陸に、オランウータンとテナガザルはアジア大陸に棲息しています。  なぜ歯の解剖学に類人猿が関係しているのか疑問をもつ方がいると思いますが、それは歯が人類の起源に重要にかかわっているからです。そのお話をしていきたいと思います。  ドリオピテクスは樫の木が生えている森に棲んでいた類人猿をあらわしています。およそ1,200万年前〜1,100万年前の地層から出土した類人猿の化石で、フランスで発見されています。ヒトの起源は現在では700万年前と考えられていますが、それよりもはるかに古いタイプの類人猿の化石です。今ではこれらの化石の仲間の一部からヒトの祖先が誕生してきたであろうと学者たちは推測しています。  では、この化石がなぜ類人猿の化石だと言い切れるのでしょうか。それが今回問題にしている歯の形にあります。現在のヒトの下顎第1大臼歯の咬合面の形は、5咬頭で溝型はY字型をしています。この溝型と咬頭数はチンパンジーなどの類人猿も共通してもっています。しかしニホンザルではこの形の下顎第1大臼歯をしていません。専門用語でいうと、ヒト上科(ヒトおよび類人猿)の霊長類はすべてこの形の下顎第1大臼歯をしています。それに対し、ニホンザルはオナガザル上科に属しています。この大臼歯の形から、この種の化石は類人猿であるに違いないと学者は考えたわけです。1,200万年前〜1,100万年前にすでに類人猿はこの地上に生活していたことが分かりました。  それではなぜアフリカで発見されずにヨーロッパのフランスで発見されたのでしょうか。人類の起源はアフリカ大陸であり、この大陸こそが人類の揺籃の地であると言われてきました。しかしドリオピテクスがフランスで発見されたことで、最近ではヒトの祖先はユーラシア大陸に起因するのではないかという学者も現れてきました。 ドリオピテクス型は進化とともに溝の形がY型から+型を経てX型に変化し、遠心咬頭はその大きさを減じ、ついには退化消失して5咬頭から4咬頭になっていきます。

 

 Hellman(1928)は下顎大臼歯の基本形態であるドリオピテクス型から+型に至るまでの変化を4段階に分けて区別している。

 

 以下にはドリオピテクスの化石、ヒト、チンパンジー、ニホンザルの下顎大臼歯を示しました。

 

 

 

 

 いずれにせよ、ドリオピテクス型臼歯は歯科だけでなく、人類学や解剖学に大きな役割を演じています。このような重要な歯であるからこそ、国家試験に出題されやすいことを留意してください。  もしも患者さんにこの歯について説明を求められたときには以上のように答えてあげればあなたの株もぐっと上がることは間違いありません。