―歯科人類学のススメ―

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犬歯形態からみた人類の進化(続報)

 2017年に掲載した「上顎犬歯形態からみた人類の進化」の続きです。先の内容をまとめると、人類進化の起源をたどるには2つの重要なポイントがあり、その一つは直立二足歩行、もう一つは犬歯の縮小でした。ヒトの起源を研究している古人類学者はこの2点に焦点を絞り、ヒトの祖先がいた時代や環境、食事などを化石の証拠から詳しく調べています。とくに犬歯については人類進化の段階で大きさがいつごろから縮小してきたかを詳細に調査しています。
 とくに前回で明らかにしたことは、犬歯は大きさだけではなく形も変化していること、その形は咬合面からみるとチンパンジーなどの大型類人猿は近遠心方向に長いラグビーボールのような形、それに対し現代人は頬舌方向に長い丸っぽい形をしていること、この頬舌方向に長くなってきた時期は320万年前のAustralopithecus afarensisの時代よりも以前であったこと、でした。ヒトの乳犬歯は大型類人猿と同じ近遠心方向に長い形をしていたのに、ヒトの永久犬歯だけがその形を90°方向を変えていた訳でした。
 今回は上顎犬歯を舌側方向から眺めた時の変化を探ってみました。ここではチンパンジーを例にとって話してみます。チンパンジーの犬歯は以前に記載しておきましたのでその記事をご覧になってください。

  

(チンパンジーの上顎犬歯:左側は咬合面観、中は舌側面観、右側は近心面観)

 チンパンジーのオスの上顎犬歯を舌側面から眺めてみると、その概形は底辺の広い二等辺三角形をなし、やや歯冠全体は遠心へ湾曲しています。メスの形は底辺が狭い二等辺三角形で、オスよりも二回りくらい小ぶりでスリムな形をしています。このような形態はゴリラ、チンパンジー、ボノボ、オランウータンでも基本的に同じです。一方、ヒトの犬歯を舌側面からみると概形はひし形、唇側からみると五角形をしています。この形の変化に影響するのが近心あるいは遠心へ最も突出した部分、すなわち歯科解剖学でいう近心隅角と遠心隅角です。古人類学者はこの場所を近心shoulder、遠心shoulderと呼んでいます。なぜ重要かというと、この場所が上下に変化することにより、歯冠の概形が三角形や五角形あるいはひし形になったりするからです。大型類人猿はこの場所が歯冠の歯頸部近くにあるため三角形になり、ヒトでは尖頭寄りに位置するためひし形になります。このshoulderの位置が類人猿かヒトかを識別する重要なポイントになります。
 いつごろからshoulderの位置が尖頭方向に移動してきたのでしょうか。540万年前のArdipithecus kadabbaの化石写真を咬合面からみると、近遠心方向に長いラグビーボールのような形をしています。このことからAr. kadabbaはチンパンジー的傾向が強いと感じます。440万年前の堆積層から出土したAr. ramidusでは近心・遠心shoulderは歯冠のほぼ中央に位置し、舌側面からみた概形はひし形をしています。420万年-390万年前のAu. anamensis では近心・遠心shoulderは歯冠の中央よりやゝ歯頸寄りにあり、基底部が短い五角形をしています。320万年前のAu. afarensisでは近心shoulderは尖頭寄りにありますが、遠心shoulderは歯頸寄りにあり、舌側面は五角形をしています。


 チンパンジーとヒトが分岐した年代は遺伝子の研究から今からおよそ700万年前と言われています。その頃の犬歯を比較すればもっと詳細に犬歯の形を分析することができるのですが、今のところ保存のよい化石はアフリカからは発見されていません。
 今後は永久歯だけではなく、さらに原始的特徴をもつ乳歯についても形態変化を明らかにする必要があります。