―歯科人類学のススメ―

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オセアニアの人たち-1

 オセアニアはポリネシア、ミクロネシア、メラネシア、オーストラリアの4つの地域から成り立っています。オセアニアの西南部では海岸沿いにインドネシア,ニューギニア,オーストラリアの大陸とその周辺に小さな島々が散在し、この地域はニアー・オセアニアとよんでいます。今から5万年前にはオーストラリア先住民やニューギニア先住民がアジア南部からスンダランドやサフルランドを経由して渡来し,これらの地域に住みついた処です。この地域のはるか東方海上に広がる地域はリモート・オセアニアとよばれる地域で,面積的にはオセアニアの大部分を占め,大きな大陸もなく広大な海原と点在する大小さまざまな島嶼からなっています。

 リモート・オセアニアへ最初にカヌーで漕ぎ出した民族はラピタ人であったといわれています。人類学者の片山一道氏によると,ラピタ人が最初に足跡を残したのはニューギニア北東部の島嶼部で今から3600年前のことだといいます。彼らはここを拠点に周辺のリモート・オセアニアへの航海を行い,その500年後にはトンガやサモアにまで達しています。西ポリネシアを起点にして,2500年〜2000年前ころにはタヒチなど東ポリネシア一帯に進出し,さらにソサエティ諸島やマルケサス諸島を拠点に,今から2000年前ころにはハワイ諸島へ,1600年前ころにはイースター島へ,そして1500年前ころにはニュージーランドに定着したといいます。

 オーストラリアを除くオセアニアはポリネシア,メラネシア,ミクロネシアの3つの地域に分類され、その中で北はハワイ諸島,西はニュージーランド,東はイースター島に囲まれた広大な領域を「ポリネシア三角圏」と呼び,ここに数多くの島々が散在しています。

クック諸島とは?

 あまり馴染みがないと思いますが,クック諸島について説明したいと思います。1770年にジェームス・クックによって初めて発見され、彼の名を諸島に冠してクック諸島と呼ばれている島国です。大島渚監督の映画『戦場のメリークリスマス』は南クックのラロトンガ島で撮影されたのでご存知の方が多いと思います。ラロトンガ島はNHKで放映された昔の人形劇の『ひょっこりひょうたん島』に出てくるようなとても面白いかたちの火山島です。クック諸島は北半球にあるハワイ諸島と経度がほとんど同じですが,緯度が真反対の南半球にあり、サモアとソサエティ諸島の中間に位置しています。ポリネシアのほぼ中央に位置し、点在する15の主要な島からなりたっています。北部の諸島は6つの環礁から、南部の諸島は珊瑚礁で囲まれた7つの火山島と2つの環礁からできています。地理的および歴史的にみると北と南の2つの違ったグループからなり,北部はプカプカ島をはじめとする北クック,南部はラロトンガ島やマンガイア島を含む南クックです。首都は南クックのラロトンガ島にあり,今はニュージーランドの避寒地として注目を浴びている地域です。


 クック諸島の住民の体格は骨太で頑丈な体つきをしています。身長はそれほど高くはありませんが,とにかくがっちりした体格です。とくに突顎の程度は非常に弱く,口元から下はほとんど垂直に切り立っていて,教科書の正常咬合者の歯並びよりも綺麗な歯並びをしていました。当然ですが,乱杭歯の人や八重歯の人は一人もいませんでした。この地で矯正歯科を開業しても患者は一人もいないでしょう。


ポリネシア人

クック諸島民の歯の萌出時期

 日本人では第1大臼歯を6歳臼歯,第2大臼歯を12歳臼歯と呼ぶことがあります。その年頃になると歯が生え始めてくるためです。クック諸島の子どもの歯がいつごろ生えてくるか永久歯の萌出年齢を調査し、これを1988年に調査した日本小児歯科学会のデータと比較してみました。

 それによると、クック諸島民の方が日本人よりも全体的に歯が早く生えていました。とくに上顎中切歯では男女とも6ヵ月,上顎犬歯では7ヶ月〜1年,上下顎の第1大臼歯では1年,また第2大臼歯では2年ほど早く生えていました。クック諸島では日本でいう6歳臼歯は5歳臼歯,12歳臼歯は10歳臼歯ということになります。中には上下顎中切歯が4歳ころに生えていた女の子もいました。萌出の順序は日本人と同じように下顎の方が上顎よりも早く、女の子のほうが男の子よりも早く生えていました。

 女性の平均初潮年齢でもクック諸島では日本よりも早くなっています。少年期の始まりは第1大臼歯の萌出する時期,思春期の始まりは第2大臼歯の萌出する時期を目安にしていることから,クック諸島では少年期と思春期が1〜2年早めになっているようです。クック諸島の気候は一年を通して気温の変化が少ない海洋性亜熱帯気候または熱帯気候で、クック諸島の気候が彼らの早熟性に少なからず関係していると考えられます。

 最近,日本では下顎の第1大臼歯と中切歯の生えてくる順番が問題になっています。歯科人類学者の金澤英作氏は日本人の歯の萌出順序をI型(中切歯が第1大臼歯よりも早く生える)とM型(第1大臼歯の方が中切歯よりも早く生える)に分類し、どちらの型の頻度が多いかを比較したところ、近年の日本ではI型がM型を上回るといいます。クック諸島の児童(男女とも)は第1大臼歯のほうが中切歯よりも早く生えるM型の頻度が多くなっていました。


左上:タヒチアンダンス、右上:海岸で遊ぶ現地の子ども、


左下:現地の高校生、右下:夕日