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類人猿(テナガザル)の犬歯

 現在のテナガザル(小型類人猿)の生息地は、南はインドネシア・ジャワ島から北は中国・雲南省,および西は東北インドとバングラディッシュまで広く分布しています。他の類人猿(オランウータン、ゴリラ、チンパンジー)とは最も早くに分かれ,独自の進化の道を辿った系統で,原始的と見なされている類人猿です。テナガザルは体のサイズが小さく,体重は大部分の種が5-8kg前後で、ペア社会を形成し,この関係は生涯持続しています。ペアと子からなる家族集団は固定した縄張りを持ち,ほえ声で威嚇することで他のテナガザルを自分達の縄張りに寄せ付けません。食物はおもに果実で他に葉や花,芽,昆虫も食べています。テナガザルの歯列で他の類人猿と一線を画す最も著明な特徴は犬歯の大きさや形に性差(性的二型)がないことです。霊長類の性差についてSchultz (1944)は次のように述べています:狭鼻猿類(Catarrhine)では原則として犬歯の大きさで性判別できる;これはオスがメスよりもかなり大きいからである;しかし2つの例外(テナガザルとヒト)があり,両者はともに性差は小さく,テナガザルでは両性とも犬歯が大きいが,ヒトでは両性とも犬歯は小さい。

 霊長類の犬歯は歯列咬合面から突出しており,大きさの性的二型を著明にあらわすことで広く知られ,新世界ザルのティティや類人猿のテナガザルなどを除いて,オスの犬歯はメスのそれよりも大きくなっています。このサイズにおける性的二型性は社会構造との間に強い関係があることがこれまでの多くの研究から確かめられています。前回報告した類人猿のボノボ(複雄複雌群)の犬歯では、大きさだけでなく,形態や表面レリーフにも性的二型が現れることが分かっています。とくに下顎犬歯の近心shoulderの位置は雌雄間で性差が強くあらわれていました。今回は小型類人猿のテナガザル属シロテテナガザルの犬歯形態を調査し,性差および性的二型の程度を調べてみた。

 テナガザルの犬歯は従来いわれているように性的二型性が小さく,雌雄間で形態が非常によく似て、大型類人猿の犬歯よりもオナガザル上科のオスの犬歯形態によく似ています。歯冠頬側面の概形は上顎犬歯でサーベル形,下顎犬歯は不正四辺形をしています。オスに較べてメスの形態特徴を挙げると,1)サイズが小さい,2)歯冠浮彫像の発達が弱く,全体に丸みを帯びている,3)下顎犬歯の近心shoulderの位置が歯冠高の約1/2にある,4)歯頸隆線がよく発達している、ことです。歯冠サイズでみると,上下顎の歯冠基底部のサイズや歯冠高でオスの方が有意に大きいという違いがありますが、下顎犬歯では歯冠近遠心径に対する歯頸部エナメル質の膨らみはメスの方が大きく,絶対的にも相対的にもメスのほうがオスよりも歯冠浮彫像が丸みを帯びていました。下顎犬歯の歯冠高は尖頭から近心shoulderまでの距離が従来の歯冠高よりも強い性差を示していました。犬歯の形態やサイズに性的二型がみられることはペア社会を構成するテナガザルでもある程度雌雄の違いが大きさや形にも存在することが分かりました。




左から咬合面観、頬側面観、舌側面観、近心面観、遠心面観