―歯科人類学のススメ―

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上顎の大臼歯の外形変化

 今から30年ほど前の1984年にオーストラリアのアデレード大学に一年間留学した時の仕事を紹介したいと思います。以前から大臼歯の咬合面からみた外形が第一大臼歯から第三大臼歯までどのように変化しているのか興味をもっていたからです。なぜオーストラリアでこの研究ができたかといいますと,オーストラリアには現代白人とは少し異なった先住民が暮らしているからです。南オーストラリア州にあるアデレード大学には彼らの歯型を経年的に採取した大量の貴重な石膏歯型模型が管理されています。オーストラリアの中央に位置するアリススプリングスの付近で遊牧生活を送っているオーストラリア先住民の歯型模型で世界的にも有名なコレクションです。日本人では第一大臼歯から第三大臼歯まできれいに口腔内に生えている人は現在では皆無の状態で,数多くの資料を集めるのは至難の業です。私の留学先のアデレード大学の解剖学教室でこの貴重な模型を調査するにあたって,主任教授のブラウン教授はじめ皆さんが快く私を受け入れていただいたことを今でも感謝しています。


 大臼歯の歯冠外形が3本の大臼歯でどのように変化しているのかを調べてみました。外形を表現する方法として,写真上で近心頬側咬頭頂(パラコーン)と近心舌側咬頭頂(プロトコーン)を結ぶ直線と,この直線に直角に中心窩を通る直線が歯冠外形と交わる点を原点として,中心窩から10°間隔で直線を引き,外形との交点と中心窩までの距離を測定しました。その結果,男性も女性も歯冠の遠心半部,とくに遠心舌側咬頭に相当する部分が第一大臼歯から第三大臼歯に変化するにつれ大きく縮小していました。それに対し,近心半部はほとんど変化していませんでした。とくに近心頬側咬頭の外形は安定していました。発生学的にみると,遠心の2咬頭は近心の2咬頭よりも遅く発生してきます。また遠心舌側咬頭は4咬頭の中で最も発生が遅い咬頭で,近心頬側咬頭は最も発生が早い咬頭です。やはり予想していたように,発生が遅い咬頭ほど退化の影響を強く受けることが分かりました。 性差に関しては第一大臼歯では頬側半部に,第二大臼歯では頬側半部,舌側半部,遠心半部に,第三大臼歯では頬側半部に有意な性差が現われました。 第一大臼歯と第二大臼歯の違いを男性について比較してみると,歯冠の近心半部では第二大臼歯の方が第一大臼歯よりも大きいのに対し,遠心半部では第二大臼歯の方が第一大臼歯よりも小さくなっていました。第二大臼歯と第三大臼歯を較べてみると,近心頬側咬頭の領域を除いた全ての場所で第三大臼歯の方が第二大臼歯よりも有意に小さくなっていました。


 第一,第二,第三大臼歯の外形の重ね図。左は男性,右は女性。CPは中心窩を示す。


 上図は第一大臼歯と第二大臼歯の重ね図。―印は第二大臼歯の方が第一大臼歯よりも大きいことを示しています。下図は第二大臼歯と第三大臼歯の重ね図。黒印は有意差あり。