―歯科人類学のススメ―

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臼歯の編成過程と犬歯の喪失

 最初に誕生した胎盤をもつ哺乳類は1億3000年前頃に出現した。彼らの口腔内には永久歯は全部で44本もっており,異形歯性の歯で切歯が3本,犬歯が1本,小臼歯が4本,大臼歯が3本になる。今の食虫類(モグラやトガリネズミの仲間)と同じ歯式である。この原始食虫類はすでにトリボスフェニック型の臼歯(tribosphenic molar),すなわち臼歯の形態がすりつぶし(tribos)機能と切り裂き(sphen)機能を併せもっていた。新生代の暁新世(6500万年前)にはいると噛み砕きやすりつぶしの機能を強調する方向と切り裂き機能を強調すると二方向に分化が起こり,前者は現生の食虫類,ウサギ類,霊長類などの動物に,また後者は食肉類などの動物に分かれてきた。このように原始食虫類の44本の歯から,中生代後期には進化の過程で二方向の分化が生じ,それぞれの環境で適応した形態が歯に現れてきたといわれている(瀬戸口烈司より)。

トリボスフェニック型臼歯(左図:上顎,右図:下顎)
トリボスフェニック型臼歯(左図:上顎,右図:下顎)

臼歯の形態分化

 歯数の減少

 二方向分化以後,それぞれの環境に形態を適応ながら歯の形態も進化してくるが,その中で歯数の減少する種も現れてきた。ネコ科のような食肉類では頬歯列の近心・遠心位の双方向から歯が退化・消失してきた。またゾウのような有蹄類では犬歯が消失し,臼歯が近心位の小臼歯から退化・消失してきた。ゲッ歯類のネズミでは犬歯と小臼歯が欠如している。またアリクイのように歯がまったく無い貧歯類の動物も出てくる。このように霊長類以外の動物ではある歯種がまったく消失してしまった動物も珍しくない。しかし,霊長類では無くなった歯種は一つもないという特徴を示す。ただし原猿類のアイアイは例外的に犬歯が全部欠如している。一般的によくいわれることは,霊長類は原始性を保持し,なおかつ特殊化が少ない種といえることだ。ヒトのように歯列全体が退化傾向にある場合は各歯種の近心・遠心位にある歯,あるいは鍵歯からもっともはなれた歯から退化・消失する傾向にある。

 犬歯の喪失と食性の関係

 霊長類以外の哺乳類で犬歯が消失した動物をみると,ゲッ歯類のリスやネズミには犬歯がない。ネズミ科の中でドブネズミの大臼歯は鈍頭歯(bunodont)で食性は雑食性を,ヤチネズミの大臼歯はヒダ歯(lophodont)で草食性の食性を示している。その他の動物では草食性のウサギ類のナキウサギで大臼歯はヒダ歯をもつ。ハイラックス科の仲間も犬歯は欠如し,臼歯は鈍頭歯から草食性の食性を示す半月状ヒダ歯(selenodont)までを示す。ゾウ科の動物にも犬歯はみられない。彼らの食性は草食性で臼歯は最も特殊化した層板歯である。ウシ科の犬歯は半月状ヒダ歯で,上顎で欠如し下顎は存在する。このようにみると,草食性の動物で犬歯が消失する傾向にあることが分かる。さらに食性が雑食性に変わった動物でも,ドブネズミのように種によっては犬歯が消失してくる種もある。

げっ歯類の歯
げっ歯類の歯

ドブネズミの大臼歯(雑食性)
ドブネズミの大臼歯(雑食性)

ヤチネズミの大臼歯(草食性)
ヤチネズミの大臼歯(草食性)

 (花村 肇より)