―歯科人類学のススメ―

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C-P3 Complex(犬歯-下顎第3小臼歯複合体)

 C-P3 complexという言葉をはじめて耳にする人は多いと思う。しかしサルの歯の形態を研究する学者には良く耳にする言葉である。サルのオスではとくに上下顎の犬歯が巨大になり、上顎の犬歯は下顎の犬歯と第3小臼歯(P3:人では第1小臼歯)の間に噛み込んで,特殊な機能をしている。このセットになった組み合わせをC-P3 complexと呼んでいる。オスとメスの形態の違い(性的二型)が強い種に特徴的に見られる。上下顎それぞれの歯同士が噛み合う位置関係は現代人でも同じであるが,その場所で行われる働きはサルや類人猿とヒトではかなり違っている。上下顎の犬歯は大型になり,サーベル状に発達してくる。下顎P3も大型になると同時に,形態も近心頬側に隆線が発達してくる。上下の歯が噛合うときは咀嚼機能として働くよりは研ぎ機能としての役割をし,上顎犬歯の遠心縁を鋭くしてより犬歯を鋭利な武器として維持している。その結果,犬歯の働きは敵対者に対し攻撃したり防御したりする武器としての役割をすると同時に,相手を威嚇したり自分を誇示するためにディスプレーをする役目を担っている。また,下顎の犬歯とP3の間に噛み込むことにより,獲物を鋭く切り裂いて肉などを引きちぎったり,切り裂いたりするため,鋭利な刃物になっている。オスのメスに対する優位性を誇張したものと考えられる。性的二型が強い霊長類の特徴でもある。メスでもこの傾向を示すが,オスほど極端ではない。

サルのC/P3 complex
サルのC/P3 complex

オランウータンのC-P3 complex。
オランウータンのC-P3 complex。

 彼らの社会構造を見ると,性的二型が強い種は一夫多妻制の社会や順位制が明白な社会を作っている場合が多く,反対に一夫一婦制の社会では性的二型が少ないという特徴をもつ。一方,現代人では一夫一婦制の社会を作り,犬歯の大きさも男の犬歯が縮小化してメスの大きさとほとんど変わらなくなり,犬歯にあらわれる性的二型が消失してくる。男女の間には形態にも差がなくなってくる。今から390万〜300万年前のAustralopithecus afarensisのような初期人類でも犬歯の二型性が小さいといわれている。ヒトの進化の過程で性的二型がいつなくなってきたか現在でもはっきりとは分かっていないが,チンパンジーに近い種から人類への進化の道に足を踏み入れた初期人類は犬歯の性的二型の発現も徐々に失われてきたと思われている。社会構造と犬歯の二型性の関係から,初期人類も一夫一婦制の社会を構成していたであろうと考える学者もいる。

 現代人では犬歯の性的二型が退化し,犬歯は咬合平面より大きく突出することはない。さらに上顎犬歯の形態は頬側面観が不正五角形を呈している。サルや類人猿の上顎犬歯は湾曲した二等辺三角形をし,近遠心の点角(shoulder)は基底部近くにある。下顎犬歯の形態もほぼ同様である。下顎P3の形は近心頬側に張り出した隆線が退縮し,上顎犬歯との間にもはやC/P3 complexの形態はなくなっている。したがって研ぎ機能も喪失している。