明治時代から現代までの変化(2)
短頭化現象
ワイデンライヒは,ヨーロッパ人の頭の形は新石器時代から16・7世紀までの間に短頭集団との混血がなかったにもかかわらず,時代とともに丸くなっている事実を見出し,これを短頭化現象と呼んでいる。この現象は世界中の人類に共通したもので,時代的に変化する小進化と考えている。例えば,肉食の増加,調理法の改善,さらに硬い食物から軟かな食物主体に食事が替わることにより咀嚼筋の一つである側頭筋が弱化し,脳を押さえつける力が減少したため,その結果として脳が拡大してくると考えた。頭の形をあらわす尺度として頭示数がある。最大頭幅を最大頭長で除した指数で、頭示数が100であれば円形を意味し,バレーボールのような頭の形となる。日本では頭示数は中世の鎌倉時代にいったん長頭化し,その後ゆっくりと短頭化の方向に向かい,明治以降では短頭化がとくに著しくなっている。明治時代から現代まで頭示数は78から86へ8単位も増加し,現在でも短頭化が進んでいる。
鈴木尚は一卵性双生児の研究から,彼らの頭長と頭幅は必ずしも一致しないが,両者の合計をとってみると一致度はかなり高い。つまり,頭の絶対的な大きさは遺伝的に強く規制されるが,頭のプロポーションはかなり自由度が高いという。一卵性双生児ですら,わずかな環境要因の違いで頭示数に差が生じてくるのであるから,時代が変わり,生活環境が変化すれば日本人の頭示数が変化するのは当然であると考えている。
池田次郎は頭示数に遺伝性が関与していることは否定できないが,古代から中世にかけて通婚圏が狭く内婚傾向が強かったことが日本人の長頭化をもたらした原因であると述べている。その後,時代とともに都市化が少しずつ進むにつれ,庶民の通婚範囲が広がり,都市では短頭化が次第に広まってくる。
小浜基次は昭和20年代の頭示数の研究より,短頭化のとくに強い地域が山陽・近畿に集中し,一部東海,関東にのびていること,東北地方から北陸・山陰にかけて短頭化の弱い地域が広がっている事実から,これは頭の形が中頭のアイヌ系集団が広く日本列島に分布していたところへ,弥生時代になってから朝鮮半島経由で短頭の集団が渡来し,瀬戸内海沿岸を経て畿内に本拠を定め,その一部がさらに東進して関東まで達したことによると考えている。
河内まき子は昭和57・58年に3000人の学生を対象に頭示数を調査している。それによると,30年間に小浜氏の結果よりも5単位ほど頭示数が高くなっていること,また短頭の中心が山陽・近畿地方から北陸・関東・東海地方へと移動している事実を見出している。この結果から生活条件の変化にともなって短頭化がおこなわれてきたと考えた。すなわち,かつて短頭の中心が山陽・近畿地方にあったのはその地域が長い間文化の先進地域であったことの反映であり,最近になって短頭の中心が東日本へ移動したのは,生活条件の変化がこの地方まで及ぶようになってきたためであるという。
変化の要因
約100年の間に日本人の遺伝構成を大きく変えるような外部からの集団による混血要因はないことから,短頭化の原因は生活環境や生活様式の変化が原因したものと考えられている。例えば,栄養の改善,椅子式生活,体育の普及,成長期の未成年者労働の軽減,ストレスの低下,通婚圏の拡大による雑種強勢(ヘテロシス)である。アメリカ移住民の調査結果から,結婚範囲が拡大すればその子孫たちは長身,長頭に向かう傾向にあるという。日系ハワイ人二世は一世よりも高身長,短頭化である。しかし内婚度に変化なければ身長や頭形は変化していない。
動物実験では近親交配を長く続けると大きさ,耐性,多産性などの生活力が低下してくる。ダールバーグは各種のバリアーによって長い間通婚が妨げられていた生殖集団の間に遺伝的交流が始まると,ヘテロシスの効果が発揮されるが,同じ効果は同一生殖集団内で結婚範囲が拡大したときにも現れ,それまでよりも高身長になるという。
都市化現象
環境が改善され淘汰圧が軽減された地域では身長や頭形の時代変化は例外なく認められる。しかし地域によってはこのような変化はまったく起きない場合もある。これらの地域では生活様式だけでなく,通婚圏もあまり変化していないことが予想される。都市では自然社会に住む人たちが大量に都市に流入するようになり,血縁や地縁に頼らなくても暮らしていけ,配偶者の出身地は結婚の条件として価値を失ってきた。結婚形態の変化と都市特有な生活環境が複雑に絡み合って,都市住民の体質に影響した現象を都市化現象または近代化現象と呼ぶことができる。