明治時代から現代までの100年間の変化
ドイツの医学者ベルツは,1876年(明治9年)に来日し,学生の教育と患者の診療にあたるかたわら当時の日本人の詳細な人類学的調査を行なっている。
身長の伸び
日本人の身長は過去1世紀の間に平均して,男女とも10cm増加している。100年前の日本人(明治の始め)の身体の特徴は低身長で,とくに下肢が短く,胴の長い体型をしていた。おそらく正座によるため膝が外側へ湾曲していると推測される。頭のプロポーションをみると6.8頭身を示しているが,頭部の高さ(全頭高)はほとんど今と変わりない。
1880年前後(ベルツ) | 1977-79年(保志ら) | |
男子平均身長 | 158 cm | 169 cm |
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女子平均身長 | 147 cm | 157 cm |
男子平均頭示数 (長頭:76< 中頭 <81:短頭) |
78 | 86 |
平均初潮年齢 | 14.7 yr | 12.4 yr |
世代間の違いを比べると,明治の10年代には世代間(20才,30才,40才)にあまり差は生まれてこないが,1970年代では高齢世代ほど身長が低いという傾向が歴然と認められる。
ベルツの調査 | 1970年代 | |
20才代平均 | 158.8cm | 165cm |
30才代平均 | 159.2cm | 163cm |
40才代平均 | 159.9cm | 162cm |
20歳大学生の身長の全国平均を明治33年からたどってみると,男女性とも10年間で平均して約1cmの割合で増加している(世界的にも10年間に1.0cm〜1.5cmの増加)。1900年頃から太平洋戦争の直前まで順調であった身長の伸びは,戦争中にいったん止まり(第2次大戦を中心とする約10年間は増大傾向が停滞),1950年以後に再び急上昇を始め,1970年頃(昭和46年)には戦前からの身長の伸びの延長線に達している。第2次世界大戦以後の身長の増加率は10年あたり2.2cmで2倍近い値を示し,戦中・戦後の遅れていた部分を26年間かけてとりもどしたことになる(キャッチアップ現象)。
プロポーションの変化
身長の増加は座高の増加よりも脚の長さの増加による方が大きい。しかし戦争における著しい身長の低下は胴の長さも脚の長さも両方とも減少傾向がみられる。戦後の身長の回復に際して,はじめ胴も脚も平行して増加して身体のプロポーションに変化は現れなかったが,1960年頃になると胴は所定の長さまで回復したため,増加は鈍化していった。一方,脚の長さはその後も相変わらず増大を続け,身体のプロポーションにも変化が生じてきた。身長の伸びにはとくに脚長の伸びが大きく寄与している。時代とともに成長が増加し,早熟化の傾向が現れた。しかし,身長の急激な増大も最近になってようやく限界に近づいてきたとみられる。19世紀終り頃から始まった平均身長の伸びは日本ばかりでなく,ヨーロッパ諸国や北アメリカにもみられる全世界的な現象で,この身長の増加はどこでも成長の加速化現象が伴っている。
性の成熟
明治から大正にかけて女性の初潮の早発化はあってもゆっくりしたスピードであった。しかし大正末期から現在までは一貫して性成熟の早発化が進行している(戦争の遅れを除けば)。思春期前に急速に身長が伸びる時期の年齢も明治以降しだいに若年化に向かっている(発育加速化現象)。明治時代の初潮年齢は14.7歳と記録されているが,現在では12.4歳までになり,2.3年も弱年化している。初潮年齢の低下傾向は昭和の始め頃から徐々に目立ち始め,第2次大戦の影響で戦後の一時期までいったん後退したが,昭和30年頃から急激に進行し,最近になってようやくその速度が鈍化している。近い将来は12.25歳あたりに落ち着きそうという(河内まき子)。
最近の変化
竹内修二は生体計測から最近の50年間の変化を観察している。それによると,1942-44年,1971-72年,1992-93年の各年代の計測値を比較してみると,頭幅は8.1mm,頭長は6.7mm,頬骨弓幅は9.2mm,下顎角幅は3.1mmといずれも過去50年間で増大している.身長は164.3cmであったのが50年後では170.4cmであり,6.1cmも増大している。前胴長の1.2%に対し下肢長は5.8%と違った増加率を示している。Satou et al.の側面頭部X線規格写真でも1950年代と1990年代とは上顎骨・下顎骨は大きくなっている傾向にあると述べている。中原泉は年代差60年間の上下顎の歯列弓幅を調べ,上顎では1930年代後半の報告よりも2.7cm増大しているのに下顎では0.8mmしか増大していないと述べ,上顔面部と下顔面部の増大率の違いを述べている。町田幸雄は小児の叢生歯列群と正常歯列群を比較し,叢生歯列群の顎骨は30数年前と比較しても小さくなっていないことを示している。