―歯科人類学のススメ―

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日本人の起源

 日本人の起源に関しては,明治以来100年以上にわたる論争の歴史がある。それらを現時点で整理してみると,次の三つに大別することができる。第一は日本列島の土着民であった縄文人が環境要因の影響で少しずつ身体を変形して現代日本人が成立したと考える変形説。第二は縄文人が弥生時代ごろに大陸から渡来してきた人々と入れ替わったと考える置換説(渡来説),第三は縄文人と渡来民が混血して最終的に現代日本人が形成されたと考える混血説である。現在では縄文人が弥生時代ごろに大陸から渡来してきた人々の遺伝的影響を受けて弥生人・古墳人が形成され,その子孫が本土の日本人になったとする置換説に近い混血説が優勢である。なお,沖縄人はアイヌと同様に縄文人の身体形質を濃厚にうけついでいる。

 二重構造モデル

 埴原和郎は,現代日本人の祖先集団は南東アジア系で,後期旧石器時代から日本列島に住み,採集と狩猟を主体とした生活を営む縄文人を生じてきたと述べている。弥生時代から7世紀頃にかけて典型的なモンゴロイドの体質をそなえた北東アジア系の集団が稲作農耕技術と金属器を携えて西日本に渡来し,大陸の高度な文化を日本にもたらした。
 彼らは在来の南東アジア系(縄文人)集団と同化,吸収しつつ日本列島に拡散し,強い遺伝的影響を与えて本土の日本人の祖先集団になった。南東・北東アジア系のモンゴロイドの2集団は日本列島内で徐々に混血したが,その過程は現在も進行中で,現在の日本人は体質的に二重構造を保っている。しかし,九州北部や山口県北部地域のいわゆる渡来の中心地から遠く隔たった北海道や沖縄の南西諸島には彼らの遺伝的影響がそれほど強く及ばなかったため,この地域の住民は今も縄文人の体質が色濃く残されている。その人たちが北海道のアイヌであり,沖縄を含めた南西諸島人である。現代日本人に見られる地理的変異はおそらく縄文人と渡来民の間に起きた混血の度合に差があるためである。日本の歴史の中では,混血の効果に加えて身体には小進化的な変化も起こった筈である。

 歯からみた縄文人と弥生人の比較

 アメリカの人類学者ブレイスは歯の面積から算出した数値で縄文人と弥生人を比較している。歯の進化の考えからみると,大きな歯から小さな歯に変化してくるのが一般的である。小さい歯から大きい歯に変化することは考え難い。しかし人骨を調べてみると縄文人は歯が小さく,弥生人は歯が大きい。こうした事実から,現代日本人は弥生人を源流にして日本列島に拡がって行ったのであり,その基幹は大陸アジア人につながっていると考えている。一方,現代アイヌの直接の祖先は弥生時代以前に住んでいた縄文人であるという。

 松村博文は歯の大きさについて統計手法の一つである因子分析をもちいて研究している。それによると、歯の大きさばかりでなく歯のプロポーションによっても縄文人と弥生人は違いがあり,縄文人は犬歯・小臼歯・第2大臼歯が相対的に小さいという。吉備登はおもに西日本における縄文人とそれ以降の人々について歯の大きさを分析し,2つのクラスタを算出している。1つは縄文人,近畿地方の弥生人,北海道アイヌおよび樺太アイヌ,南西諸島人が含まれ,もう1つは山口県の土井ヶ浜弥生人,近畿・中国地方の古墳人,近畿地方の中世・近世人,西日本現代人が含まれるという。これらの事実は縄文時代から古墳時代の間に比較的大きな変化があったこと物語っている。

歯冠サイズの時代変化

 非計測的歯冠形質の28項目から分析したターナーによれば,大陸から日本列島へ渡来した水稲耕作民が土着の縄文人と混血した結果,現代日本人の歯形質がスンダ型歯列と中国型歯列の融合により形成されたと考えている。これも混血説に近い置換説といえる。現代アイヌは現代日本人と著しい混血をしているので,その歯はかなり現代日本人的になっているが,まだスンダ型歯形質のパターンは残しているという。小林厚は西日本の縄文・古墳・現代人の資料を観察し,縄文人は現代人より多くの項目で出現頻度に違いがあるが,古墳人と現代人はほとんど同じであり,縄文人と古墳人は僅かに違いがみられるという。多変量分析でも現代人は古墳人に近く,縄文人とは最も遠い関係にある。

 山田博之は第3大臼歯の先天的欠如について時代ごとに調査している。それによると,縄文人の欠如頻度は上下顎とも5%ほどであるのに対し,弥生人は20%以上の頻度を示し,この頻度は時代によって多少は変化するが,歴史時代を通じてほぼ同じ値を保っているという。また昭和時代を調査してみると、第2次世界大戦終了から第3大臼歯の欠如する割合はむしろ減少している傾向がみられている。弥生時代の生活環境が縄文時代よりも安定し,食生活が豊かになった結果,第3大臼歯が減少したと考えるならば,戦後の食生活の改善が同様な傾向を産み出す筈である。しかし戦後ではとくに食生活が向上しているにもかかわらず,第3大臼歯の欠如が減少していることから,縄文人と弥生人との間には環境の変化よりも縄文人と遺伝子の違う別な集団が日本に渡来したためと考えている。

 ネズミ・イヌによる日本人起源論

 森脇和郎はハツカネズミの遺伝子の調査から,南中国・東南アジア系の先住ネズミと中国北部・朝鮮半島からの渡来ネズミが日本列島に混在していること,また田名部雄一はイヌのタンパク質に関する遺伝子頻度から南方アジア系の先住犬と朝鮮半島からの渡来犬が混在していることを見出している。いずれも渡来説を支持するような仮説である。