―歯科人類学のススメ―

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東アジア人の歯

 現代人がアジアでどのように進化していったかについて議論がされている。多地域進化説では次のように説明されている。アフリカを出た原人の仲間は長い道のりを経てアジアの地域まで到達し,各地に分散していった。彼らはそれぞれの地域やその土地の環境に適応し,地域色を強めながら現代人へ進化していった。東アジアではジャワ原人からソロ人,そして新人のワジャク人へと連続した形態の流れがみられ,中国でも北京原人に見られるシャベル型切歯の特徴は現代モンゴロイドにも連綿と受け継がれている。アジア以外の地域から新来の要素によって化石が断絶したような痕跡はアジアにはみあたらないという。

 一方,ウイルソンらによるアフリカ単一起源説によれば,20万年前にアフリカの地で誕生したホモ・サピエンス(現代型サピエンス)はその後,出アフリカをして各地で人種置換を起こしていった。5万年前ごろにアジアに渡ってきた現代型サピエンスの仲間から現在のアジアに住む人々が進化してきたと考えている。アジアで発見されたジャワ原人や北京原人は現代人の直接の祖先ではないということになる。その後、東南アジアに住んでいた現代型サピエンスの一部は5万年ほど前にインドネシアを経由してオーストラリア大陸へ渡り,今のオーストラリア先住民の祖先になったといわれている。

 2万年以降のアジア

 1万8000年〜2万年前のWürm氷河期最後にはもっとも寒冷な気候が地球を覆っていた。海水面は現在に比べて100mから120mも下がり,アジア大陸は大陸棚のかなりの部分が干上がって、多くの島々が陸続きになっていた。日本列島も北では間宮海峡が完全な陸橋となってシベリアと樺太をつなぎ,オホーツク海峡まで陸化して北海道とも一帯となっていた。南でも東シナ海のかなりの部分が干上がり、日本の本州,四国,九州はほぼ一続きの陸地になっていた。しかし,130m以上の深さがある朝鮮海峡や津軽海峡では陸地化せずに狭いながらも海峡で隔てられていた。そのためか,マンモスなどは北海道以外では現在も発見されてない。

 日本列島の中で確かな化石として残っているのは港川人である。1万8000年前とされる化石は沖縄県で発見され,その顔貌はやや寸詰まりで,彫りの深い顔立ちをしていた。彼らの歯もそのほとんどは根元まで擦り減っていた。身長は男性で153cm,女性では144cm程度しかない。鈴木尚はこうした特徴が後世の縄文人と共通していることから縄文人の祖先であろうと考え,さらに中国南部の柳江人の特徴とも似ていることから,大陸南部を源とするグループが氷河時代になると陸峡伝いに日本列島へと流入してきたと推測している。

 スンダ大陸とサフル大陸

 東南アジアに点在するフィリピン、インドンネシアおよび太平洋の島嶼部は、氷河期で海が干上がった時代、広大な一つの陸塊を形成していた。この大陸をスンダ大陸という。この大陸に居住する住民に現れる特徴的な歯の形態をスンダ型歯列と呼んでいる。もう一つの陸塊はサフル大陸と呼ばれ、オーストラリア大陸やニューギニア大陸を含んでいる。氷河期の時代にはこのような地図が東南アジアに展開されていた。

2万年前の東南アジア

 スンダ型歯列(スンダドント)の起源

 アジア地域の南部に生活の中心を持つモンゴロイドの特徴は皮膚が浅黒く,二重まぶたが多く,毛髪はやわらかで,四肢は長いが華奢な感じをあらわしている。この人たちは東南アジアの集団群およびオセアニアのミクロネシア人やポリネシア人を含み,東南アジアの人々や南中国の少数民族も含まれている。日本ではアイヌや沖縄の人々がこれに属し、彼らを南方モンゴロイドと呼んでいる。
 東南アジアで現在残っている化石人骨の中で最も古いのは2万年から4万年前のワジャク人,ニアー洞穴人や柳江人である。オーストラリアへ出て行った後に,東南アジアで進化をとげた原モンゴロイド人は次のように進化を遂げたと思われる。すなわち,原モンゴロイド人は東南アジアの森林地帯に適応して身体は小型化し,華奢な形態を形成し,歯や顎骨の小型化や眼窩上隆起の縮小が起きてきた。こうした一般化した古い形態の歯からスンダ型歯列が進化してきたと推測されている。スンダ型歯列は少なくても1万2千年の歴史がある。沖縄の港川人がスンダ型歯列であるとすれば,この形態は3万〜1万7000年前に生じたと考えられる。

 中国型歯列(シノドント)の起源

 北方モンゴロイドは典型的なモンゴロイドといわれ,その身体的特徴は頭髪が黒い剛直毛,肌が黄色であり,胴長でずんぐりした体型をもち,足も短い。顔は幅広く頬骨が張り出し,そのため顔全体が平担で鼻が小さい。一重まぶたで眼は細く,まぶたは腫れぼったい。体毛も少ない。全体的に寒冷地適応型である。極北に住むイヌイットは約5000年前に北方モンゴロイドがベーリング海峡を渡ってアラスカからグリーンランドに至る地域に住み着いた人々である。この北方モンゴロイドのグループには東北アジアの集団群,シベリアの先住民,モンゴル人,中国人,日本人などが含まれる。

 この集団は更新世の最後の氷河期(Würm氷河期:7万5000年〜1万年前)にアジア大陸内部での極端な寒冷環境において形成されたと言われている。すなわち,スンダ大陸に起源をもつ原モンゴロイドの一部が最終氷期の比較的温暖な時期(3万〜4万年前)にアジア大陸内部を北上してシベリアへ到達し,その地で北方モンゴロイドの祖先がうまれた。その後2万年前になるとその地は氷期が頂点に達するほどの寒冷気候にみまわれ,彼らの身体はそれに適応進化して北方モンゴロイドが形成されたという。歯の大きさからみると、この仮説では小さな歯をもち簡単な歯の形態をしているスンダドントから大きな歯をもち複雑な形をしたシノドントが生じてきたことになる。

モンゴロイド
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 スンダ型歯列と中国型歯列の特徴

 アメリカ人の人類学者C.ターナーは歯の形態的特徴からその出現頻度を多数の集団について調べた結果,モンゴロイド集団の歯の特徴はスンダ型歯列と中国型歯列の2つの群に明瞭に別れることを発見している。中国型歯列の多くの特徴はスンダ型歯列をもつ集団が地域の環境に特殊化して形成された形態であるという。歯の形態の進化傾向からスンダ型歯列の方が中国型歯列よりも時代的に古い歯の形質をもっている。また港川人や縄文人の歯の特徴は南方系のスンダ型歯列の特徴をもつ集団であり,おそらく海水面の低下により陸化した大陸棚や島伝いにスンダ大陸から沖縄へ,さらには日本列島まで広がったであろうと考えている。

 歯の形質でみると,中国型歯列はスンダ型歯列に比較して上顎では中切歯シャベル型切歯の頻度が多く,第1小臼歯の歯根数は2根性,第1大臼歯のエナメル伸展が発達し,第3大臼歯は退化ないし欠如している割合が多い。下顎では第1大臼歯の屈曲隆線が発達し、歯根数は2根,第2大臼歯の咬頭数は5咬頭性がスンダ型歯列よりも多くあらわれるという。

 日本人と中国型歯列との関わり

 日本人の下顎第1大臼歯の歯根数は一般に2根である。なかには3根性の人も稀に見かける。C.ターナーによれば、シノドントの集団では3根性の第1大臼歯の頻度はスンダドントよりも多いという。シノドントに属する我われ日本人にとってこの特徴は重要である。大学の教科書ではこの歯の根数は2根,根管の数は3根管あると教えられている。近心に2根管と遠心に1根管である。しかし歯根が3根の歯では近心に1根,遠心に2根あり,根管数は近心に2根管と遠心に2根管がある。X線でよく確かめ,3根の歯では遠心にもう1根管あると予測して歯の根管治療する必要がある。日本人では約25%に4根管性の下顎第1大臼歯がみられる。