―歯科人類学のススメ―

TEL:(052) 794-1172

カラベリ結節(Carabelli’s tubercle; Carabelli’s cusp; Carabelli’s tubercle)

 カラベリ結節は、上顎第2乳臼歯や第1大臼歯の近心舌側咬頭の舌側面近心部にあらわれる付加結節です。この結節は第1・2・3大臼歯へ進むにしたがい、しだいに小さく、出現頻度も低くなります。全くない人もいれば遠心舌側咬頭に匹敵するような大きさのものまでいろいろです。なかでも上顎第2乳臼歯が最も出現頻度が高い歯です。 この形質はカラベリ結節、カラベリ咬頭、ジョージ・カラベリの異常結節ともいわれ,隆線、小窩、溝などこれに関するいくつかの付属構造を併せもつことから、Carabelli complex“カラベリ複合体”とも言われています。1842年にハンガリー人でオーストリア皇帝のフランツ・ヨーゼフT世の宮廷歯科医を務めていたオーストリアの歯科医師ゲオルグ・フォン・カラベリ(Carabelli)によって始めて雑誌に記載されたことからこの名がついています。

 

 退化が極端に現れると歯は欠如するといわれています。上顎側切歯は退化形が他の歯よりも現れやすい歯です。しかし歯の欠如に関しては第3大臼歯よりも欠如する頻度はかなり低くなっています。欠如率は上顎側切歯が約2%、第3大臼歯は約30%です。どうして退化傾向が強くあらわれるのに歯の欠如が少ないかはまだ分かっていません。歯の欠如については第3大臼歯が最も欠如率が高い歯で、それに次いで下顎第2小臼歯が続きます。上顎側切歯はそれ以下の頻度です。この傾向は他のどの集団も同じのようです。  
 カラベリ結節はヨーロッパの人に高頻度で現れ、私たちモンゴロイドはあまり多く出現しません。表は第1大臼歯に出現する出現頻度を他の集団と比較してみた表です。 高頻度に現れる集団はヨーロッパ人、アメリカ白人であり、中程度の頻度を示す集団はアフガニスタン人,モンゴル人,日本人、韓国人、台湾原住民、オセアニアの人々(ポリネシア人、ミクロネシア、メラネシア),そして低頻度の集団はオーストラリア先住民、アフリカ黒人、グリーンランド先住民、アイヌです。しかし、スイス人、ローマ人、アメリカのピマ・インディアンは出現頻度が低いという報告もあり、はっきりヒト集団を分けるような形質ではないようです。かなり集団内でばらつきがあります。

 

 日本人について酒井・花村(1967)は、エナメル質表面とエナメル質脱灰後の象牙質表面のカラベリ結節を3段階に分類して調査しています。まず、第1大臼歯のエナメル質表面に現れる頻度をみていきます。 +++:結節は強く豊隆して周囲の歯質とは明らかな溝によって分離されている ++:結節は周囲歯質から豊隆しているが、本来の歯質と結節が自然に移行している +:Carabelli’s pit、およびCarabelli’s furrowといわれているもの この基準に基づいて比較してみると、日本人の上顎第1大臼歯では“+++”が15.3%、“++”は19.4%、“+”は25.8%の出現率であり、+++、++、+を合計すると60.5%にカラベリ結節が現れると報告しています。 “+++”と“++”を合計した値は34.7%で、この値は今までの日本人の結果(8.4%から50.0%)とほぼ同じ頻度でした。日本人は約35%の頻度で,他の世界に分布する集団では中間ぐらいの頻度を示します。

次にエナメル質を脱灰して、エナメル・ゾウゲ境の表面構造を観察した結果です。エナメル質を脱灰した後の象牙質の表面を見ると、舌側面の近心半部(舌側面溝の近心)には歯帯(cingulum)が存在し,そのCingulumの発達程度により彼らは3つに分類しています。 Marked:著明に発達、 Semi:豊隆が認められるもの、 Trace:痕跡程度 に分類している。

 

その結果、“著明に発達”、“豊隆が認められるもの”、“痕跡程度”までを含めると合計が80.8%を示していました。エナメル質表面の表現型の出現率が60.5%であるのに対し、エナメル・ゾウゲ境のそれは80.8%よりも明らかに一回り頻度が高く出現しています。いわゆる、象牙質の表層を地表にたとえると、地表面に雪が降り積もった状況がエナメル質の表面に現れる、すなわちカラベリ結節であると言っています。



カラベリ結節の意味
それではなぜこの結節が一般にヨーロッパ人に多く見られるのでしょうか。この問題に取り組んだ人類学者の溝口氏は,この形質が出現する要因について自然環境(気温、湿度、降水量)や文化的環境(採集狩猟生活、牧畜生活、乳絞り文化、農業生活)との関係を調べ、次のように説明しています。採集狩猟生活にとって栄養価の低い食物を大量に噛む必要があった採集狩猟生活者の大きな歯は,高い栄養状態が保証される家畜・乳製品を摂ることによってこれまでのサイズの歯を維持する必要性がなくなり、牧畜生活に適応して歯は小さくなってきた。しかし第1大臼歯は構造上いつも大きな力が常に加わる場所なので、この歯を補強するために加わったのがカラベリ結節であった。比較的乾燥した地域で乳絞り文化を送ってきた人々は第1大臼歯に発達したカラベリ結節をもつ傾向があり、この条件にあてはまる地域はヨーロッパや中近東の人たちであったと述べています。

カラベリ結節の遺伝
人の上顎大臼歯と第二乳臼歯に見られるカラベリ結節は歯科人類学では最もよく知られている歯冠形質の一つです。カラベリ結節を発生させる遺伝子も、かつては単一の遺伝子が原因と考えられていましたが、現在では多くの遺伝子が関与する多因子性の遺伝と考えられています。カラベリ結節はその表現度が連続的に変異するので,歯の大きさなどの量的形質と同様にポリジーンモデル(多因子モデル)によって説明できると考えられています。