―歯科人類学のススメ―

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オランウータンの犬歯形態

  

(https://redapes.org/about-orangutans/)より

 オランウータンはアフリカ大陸ではなく、アジアとくに東南アジアのボルネオ島とスマトラ島に生息している大型の類人猿です。

上顎犬歯

 オスの歯冠舌側面概形は丈が高く,遠心方向にゆるく湾曲した底辺の広い二等辺三角形、歯の表面は全体に細かい皺が数多く縦に走り、近心と遠心のshoulderはいずれも歯頸近くにあります。近心切縁溝(近心溝)は尖頭付近から近心切縁に沿って近心辺縁隆線の手前まで深い溝が走っています。近心舌側面隆線は丸く膨隆した太い隆線で,尖頭から近心溝の直ぐ遠心を基底部に向かって走行し,歯頸隆線の手前に終わります。中心溝は歯冠中央から基底部へ深く窪みながら歯頸方向に流れ,さらに歯頸隆線を超えて歯根へ延びています。その遠心は遠心舌側面窩が皿状に深く窪んでいます。歯頸隆線は幅が広い帯状の隆線で、歯頸部全体を取り巻いていますが、膨隆は強くありません。歯頸線は歯根側に凸湾しています。歯頸部の歯冠と歯根はともに太く移行的で,舌側面歯頸部はくびれることがありません。

 

 メスはオスよりもかなり小さく、概形は正三角形をしています。歯の表面には皺はほとんどなく、近心と遠心のshoulderは歯頸部近くにあります。近心切縁隆線は丸みが強く,よく発達しています。近心切縁溝は辺縁隆線で遮断されています。近心舌側隆線は太くて丸く膨隆し,尖頭から近心基底部まで中央を垂直に走行した後,歯頸隆線の手前で終わっています。中心溝は尖頭から歯頸隆線を超え、歯根へ流れています。中心溝の遠心には遠心隆線が尖頭から歯頸隆線まで走り、歯頸隆線と合流し、遠心隆線の遠心は皿状に深く陥凹した窩が存在します。歯頸隆線は丸みを帯びて発達が良く,幅広で、近心shoulderから遠心shoulderまで歯頸部全体を帯状に取り囲んでいます。歯頸線は歯根側にW字状に経過します。歯頸部の歯根と歯冠の移行部はくびれが強く現れます。

 

下顎犬歯

 オスの舌側面概形は尖頭が高い不正四辺形をし、歯表面には数多くの皺が縦に走っています。近心shoulderは歯冠中央に,遠心shoulderは歯頸近くに位置しています。近心切縁溝(近心溝)は線状に深く窪み、尖頭から歯冠中央やゝ遠心寄りを基底部に向かって流れる主隆線は発達が良い太くて丸い隆線で、ほぼ垂直にフレア状に広がり、歯頸隆線の手前で終わっています。遠心舌側溝は中程度に深い溝をつくります。遠心舌側面窩は上顎犬歯が噛み込むため,凹んだ形態をしています。歯頸隆線はかなり幅広で,帯状に歯頸部全体をとり巻いていますが、膨隆は強くありません。歯頸線は歯根側へ強く凸湾しています。歯頸部の歯根は太いため,歯頸部の歯冠と歯根の移行部のくびれはほとんどありません。

 

 メスの犬歯は小さく、舌側面の歯冠概形は丈の低い四辺形をしています。皺は多くありません。近心shoulderは尖頭寄り、遠心shoulderは歯頸近くにあります。歯冠の近心縁、すなわち近心の切縁隆線と辺縁隆線の交わる角度はオスよりも広くありません。主隆線は発達の良い隆線で太くて丸く,尖頭から歯冠中央やゝ遠心寄りを基底部に向かって湾曲しながら走り下り,歯頸隆線の手前で終わっています。遠心舌側溝はかなり深くなっています。遠心切縁隆線は発達が良く,膨隆も強い形態をしています。歯頸隆線はオスよりも幅が狭いが、よく膨隆しています。歯頸線は歯根側に強く凸湾し、歯頸部の歯冠と歯根の移行部はくびれがほとんどありません。  

  

 一般に大型類人猿のオスの上顎犬歯は歯冠が巨大で底辺が広い近遠心的に長い円錐形をしています。それに対し,ニホンザルなどのオナガザル類はハート形で側面が半三日月状の鋭利な形をしています。武器の形に変化したオスの上顎犬歯は相手をつき刺したり,肉を切り刻んだりして,食物を摂取しやすくするとともに、捕食者に対する群れの防御,あるいは個体の防御,オス同士の群れの闘争,抗戦的なディスプレーの役割をしています。
 ニホンザルのようなオナガザル類のオスの上顎犬歯には尖頭から歯頸部に向かって縦方向に流れる深い溝“mesial groove”が近心面にあるため,咬合面からみると目立つハート形をしています。しかし大型類人猿のオスではこの溝はオナガザル類ほど著明でなく,咬合面からみるとクルミ形ないし楕円形をしています。
 一般に群れ社会をつくる霊長類の中で、単雄複雌群や複雄複雌群では犬歯の性的二型が強く,ペア型では歯の性的二型は強くはありません。単独生活をするオランウータンは,「メスが子育てに専念する期間」が長い(6〜9年)ために,繁殖可能なメスの数がオスに比べて圧倒的に少なく,(繁殖可能な)メス1頭に対して,オスの数がかなり多いという点で,オス間競争が強く働いている単雄複雌の種に似ています。
 以上、ニホンザルと、大型類人猿のチンパンジー、ゴリラ、ボノボ、オランウータン、小型類人猿のテナガザルについて犬歯の形態を記載してきました。とくにチンパンジーはヒトに最も近い霊長類と言われています。私たちがもっている犬歯がどこまでチンパンジーの犬歯に似ているか探ることが、人類の起源の謎を明らかにする上で役に立つはずです。