―歯科人類学のススメ―

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類人猿(チンパンジー)の犬歯

 チンパンジー(Pan troglodytes)は類人猿の中でもっとも知能が高いことで知られ、アフリカのサバンナから標高3000mの高地まで分布し、おもに樹上で生活しています。体重はオスが40〜60kg,メスは32〜47kgあり,群れは複雄複雌群を作り,頻繁に個体が離合集散する生活を送っています。食性は雑食性で植物、昆虫をはじめ、小型の哺乳類なども食べています。集団で協力してサルを狩猟することもあります。ここでは犬歯形態とくに歯冠の表面構造の違いを解説していきます。

上顎犬歯舌側面


 

オスの頬側面の歯冠概形は丈が高く,底辺がやゝ広い二等辺三角形をし、歯冠全体が遠心に傾斜しています。中央には幅広く膨隆した中心頬側面隆線が縦走しています。
 舌側面からみると近心shoulderは歯頸側1/5,遠心はそれよりやゝ尖頭寄りにあります。中程度に発達した近心切縁溝は近心辺縁隆線の手前で終わっています。近心舌側面隆線は太くて丸みを帯び,尖頭から歯頸部に向かって近心半部をフレア状に広がり,歯頸隆線の手前で終わっています。中心溝は近心舌側隆線に沿って湾曲しながら歯頸部まで降下し,さらに浅い溝として歯根に至ります。この溝は歯冠中央部でかなり深くなっています。歯頸隆線(幅3〜4o)は中程度に膨らみ,歯頸部全体を取り囲んでいます。歯頸線は歯根側にゆるく凸湾し,歯頸部は中程度にくびれています。
 尖頭からみると卵円形をなし、近心半部が強く外側へ張り出しています。

    
 頬側      舌側     尖頭側

 メスの犬歯はオスよりも小さい歯です。頬側面の歯冠概形は正三角形をし、歯冠は遠心に傾斜し、近遠心的に一様に膨隆しています。
 舌側面からみると近心切縁溝は痕跡程度にしかありません。近心shoulderは歯頸約1/4の高さ,遠心shoulderは近心のそれよりも尖頭寄りにあります。近心舌側隆線は中程度に太く,尖頭から歯頸隆線まで歯冠の中央やゝ近心寄りを走行し,歯頸隆線の手前で終わっています。遠心切縁隆線の内側に溝があります。歯頸隆線は膨隆が強く,歯冠高の1/4の幅(4〜5o)をもち,歯頸部全体を取り囲んでいます。歯頸線は水平か歯根側にやゝ凸湾します。歯頸部は強度にくびれています。
 尖頭からみると卵円形をなし、舌側半部が遠心に張り出しています。

    
頬側      舌側     尖頭側

下顎犬歯舌側面


 オスの頬側面からみた概形は丈の高い二等辺三角形で、遠心基底部に結節がみられます。近心切縁は軽度に凸湾し,遠心切縁はやゝ強く凹湾しています。
 舌側からみると近心shoulderは歯頸1/3に,遠心shoulderは近心のそれよりも歯頸寄りに位置しています。近心切縁溝は中程度に深く,一部は近心辺縁隆線と歯頸隆線の境のV字状の切痕から歯根へ流れています。遠心舌側隆線は湾曲しながら下走する太い隆線で,基底部でフレア状に広がりながら,遠心舌側方向へ走行し,歯頸隆線と合流しています。遠心舌側面隆線の遠心壁から遠心の領域は上顎犬歯が咬合するため強い陥凹がみられます。歯頸隆線は幅広(2〜3o)で,中程度に膨隆し,舌側面基底部全体を取り巻いています。歯頸線は歯根側へ凸湾し、歯頸部のくびれは中程度です。
 尖頭方向からみると卵円形をなし、近心頬側縁が強く外側に張り出しています。

   
 唇側       舌側      咬合面側

 メスの犬歯はオスよりも小さくなっています。頬側面の歯冠概形は丈の低い二等辺三角形で、基底部の遠心に結節状の膨らみが突出しています。近心縁は軽度に凸湾し,遠心縁はやゝ強く凹湾しています。
 舌側からみると近心shoulderは歯冠1/2の高さ,遠心shoulderは近心のそれよりもかなり歯頸寄りにあります。尖頭が低いため、近心の切縁隆線と辺縁隆線はオスよりも鋭角的に交わります。遠心舌側面隆線は全体的に丸みを帯びた中程度に太い隆線で,湾曲しながら基底部まで遠心舌側方向へフレア状に広がり,歯頸隆線の手前で終わっています。遠心舌側溝は中程度に深く,歯冠中央付近から流れ,遠心舌側面小窩に終わります。遠心舌側面隆線の遠心壁から後方の領域は上顎犬歯が咬合するため全体に強く陥凹しています。歯頸隆線はかなり幅広(3〜4o)で膨隆し,歯頸部全体をとり巻き、歯頸線は歯根側へ凸湾しています。歯頸部でくびれが強い。
 尖頭方向からみると卵円形をなす。

   
唇側       舌側       咬合面側

複雄複雌群のチンパンジー

 チンパンジーは乱交的社会や父系社会をつくり,オス間に近い血縁関係があるため,オス間の競争は緩和したため、ゴリラやオランウータンよりも性差が弱いと考えられる。